帖佐人形(鹿児島県姶良郡隼人町)
 藩主 島津義弘が文禄、慶長の朝鮮半島侵攻に参加した際
朝鮮半島から陶工を連れ帰った。
その陶工 芳仲(金海)が当時の姶良(あいら)町帖佐の壺屋で初めて土人形をつくったのが始まりとされる。
その後、武家の内職として受け継がれてきた。

火山性の粘土のためもろく、分厚く粗野な特徴がある。

 その型は京都の伏見人形の影響も受けており大正時代を
最後に一時廃絶したが、戦後復活した。
 長寿・健康・武勇・勉学などのテーマを元に素材とし、
その徳にあやかりたいという先人の悲願がこめられている。
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狗(いぬ)
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武内宿禄
山姥(やまうば)
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