伏見人形(京都府京都市伏見区)
伏見人形は五穀豊穣の神、商売繁盛の神として幅広い信仰をもつ伏見稲荷大社の稲荷山の土で作られた人形であり、
日本の土人形の中で最古の歴史をもち、日本全国の土人形の制作に多大な影響を与えた。
奈良朝以前から深草(伏見)に土着した土師部(はじべ)の埴輪・土器作りから発生したものといわれる。
その後、祭祀用の土器作りから、瓦などの日常生活用品製作の陶器師へと発展しその余技として発展の下地が作られたようである。
江戸時代の文化年間(1804-18)には全国的にその名も定着し、現在に至っている。
この人形は同じ京都の御所人形と比べ大衆的で、制作地が街道筋にあたっていたため、京への出入りする旅人たちによって諸国への土産物とされ日本各地に持ち出された。
これも伏見人形が全国の土人形の制作に影響を与えた点のひとつと思われる。
表面2面の型(たね)の内側に粘土を詰め合わせ、型から離して表面、裏面をはりあわせ人形の形となる。これを天日で乾燥後、窯に入れ約800度で焼き、素焼き人形に胡粉で下塗りし、泥絵具で彩色して仕上げる。
あらゆる題材ともとにし、種類だけでも百種類もあり、
当時の庶民の信仰・風俗などを知る上で有益な資料となっている。
饅頭喰い
舟子供
狐面持ち
俵牛