相良人形(山形県米沢市)
米沢の土人形で、堤、花巻とともに東北の三大人形の一つである。
江戸時代(安永7年 1778年)に米沢藩主 上杉鷹山が領内の産業振興のため、藩士 相良清左衛門厚忠に命じて製陶所を設けてつくらせたのが起源である。
相良氏は、何度かの失敗の後、相馬(福島県)へ赴き、相馬焼きの製陶法を修得して地元に戻り米沢の成島にて窯を築き日用品の器を焼いた。(成島焼)
清左衛門厚忠は、元来諸芸に通じ彫刻もたしなんでいたので、京に遊んだ際、伏見人形に感銘を受け、木彫の人形型を作りこれをもとに独自の土人形を完成させた。
これが、相良氏の名にちなんでつけられた相良人形である。
作品は、「伏見7分、堤3分」といわれるように伏見人形(京都)のみならず、堤人形(仙台)の影響も受けている。
火焔童子
火縄銃
敦 盛