津屋崎人形(福岡県宗像郡津屋崎町)
博多土人形の系統で、農民が火鉢等を制作するかたわらはじめられたものといわれる。
原田三右衛門、原田半蔵などの制作者がいる。
その原田半蔵氏の由来書を下記に抜粋して紹介。
(上記の「鯛乗りえびす」に付属していたもので購入が
昭和40年10月27日となっている)
創業明和5年(1769)。最初はろくろを用い火鉢等の生活用品を製造していたがその後庶民の生活に結びついた素朴な土人形をつくるようになった。
土地柄、農村漁村に関する型が多い。
江戸末期より明治初年頃にかけ、中国・四国地方へ、船で大量出荷したが、現在は初節句の家の床飾りとして、又、愛好家の要望より制作している。
初代、半兵衛以来、代々「半」を名乗り現在5代目。
初代 半兵衛 ー 半四郎 ー 半右エ門 ー 半四郎 ー 五代
半蔵
福岡県宗像郡津屋崎町840 津屋崎人形製造元 原田半蔵
雑煮喰い
鯛乗りえびす
鯛土鈴