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逸見の祭礼 2003.6.7〜8
今回は、実家でのお祭りの模様をレポートします。まったくの地元ネタのため
ほとんどの方にはつまらないかもしれませんが
もしよかったらおつきあいください。
どこにでもある夏祭りですが、
そこはやっぱり地元、幼い頃から見なれ、聞きなれた祭のため親しみがあります。

←実家のある西逸見町一丁目
町内会(濱三)の神輿
JR横須賀駅を降りてアメリカ海軍横須賀基地とは反対方向へ歩くこと数分、国道16号沿いのうら寂しい町、それが逸見(へみ)です。京浜急行にも”逸見”という駅があり、特急も止まらない小さな駅です。
こんななんの変哲もない小さな町ですが、歴史をひもとくとかって江戸時代の初期(徳川家康の頃)にウイリアムアダムス(三浦按針)の屋敷がありました。
私は生まれてから31年間ここにおりました。
 
東逸見町一丁目〜5丁目、西逸見一丁目〜二丁目
だった町も山を切り崩してあらたに逸見ヶ丘なる新しい地名もできました。
中学生の頃、友人達と学校帰りに立ち寄った小高い丘もいまやありません。
かって横須賀のチベットと呼ばれた(失礼!)山中町横浜横須賀道路本町山中線の開通でかなり開けた町となりました。
なお、逸見ヶ丘も山中町もこの祭礼に参加しています。
 

 
←国道16号 汀橋付近

やっぱり港町ヨコスカ
こんなものを見かけました。↓
かって使用されていた消火栓蓋とのことです。
←一区の山車です。
すみません、一区の神輿
は撮り忘れました。
なお、
一区は東逸見町一町内会。

←東部の神輿です。
なお、東部は
東逸見町二〜四町内会、逸見ヶ丘。

↓神輿
左:濱三(西逸見一町内会)
中:三区(西逸見二町内会、山中町)
右:吉倉(吉倉町内会)
逸見の隣町、吉倉町から
もお祭りに参加しています。
↑町の鎮守、鹿島神社にまっさきにお参り。
かっては森崎谷戸の海岸地(森崎といっても久里浜方面ではありません、今の海上自衛隊横須賀地方総監部の海岸地)にありましたが、明治28年6月5日に現在地に遷座。
この半纏のマークは一区、三区、吉倉にて使用。それぞれの半纏も微妙に違いますが、
その違いを強いてあげれば、

一区 腰の白線が一本
三区 腰の白線が三本
吉倉 腰の白線が二本。
東部の半纏
濱三の半纏
お持ちかえり画像↓
当HPでは画像の使用についてこちらでとやかく書いておりますが、これら↓の
画像の使用についてはご自由にお使いください。

関係者の方々及びお祭りファンの皆様方、各写真をクリックしてください。 オリジナル画像(640ピクセル)がでます。
なお、撮影技術の稚拙なところはお許しください。
全写真、2003年6月8日(日)撮影 カメラ:コニカKD-200Z
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